2007年09月24日

安倍首相が会見で陳謝「国民に多大な迷惑をかけた」

安倍晋三首相は24日、東京・信濃町の慶応大学病院で入院以来初めて記者会見し、自らの辞任表明について「(臨時)国会の冒頭、所信表明直後の最悪のタイミングとなり、何より国民に多大な迷惑をかけたことを改めておわびしたい」と陳謝した。辞任理由については「体調が悪化し続け、体力に限界を感じ、首相の責任を全うすることができないと決断し、辞任表明となった」述べた。

12日の辞任会見で、自らの体調に言及しなかった理由に関しては、「首相は在職中に自らの体調について述べるべきではないと考えていた。しかし、辞任の最大の要因である健康状態について率直に話すべきだった」と述べた。
一方、福田康夫元官房長官が新たに自民党総裁に選出されたことについては「心からお祝いを申し上げたい。新総裁の下に一致団結していくことが大切だ」と語った。
 首相が辞任表明するに至った経緯について、一部で自民党の麻生太郎前幹事長らによる「クーデター説」がささやかれた問題に対しては「全く違う。そんな事実はない」と否定した。
9月24日17時31分配信 産経新聞

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2007年09月13日

安倍首相が入院 東京・慶應義塾大学病院

政府関係者によると、体調不良で東京都内の慶應義塾大学病院で精密検査を受けていた安倍晋三首相は13日、入院した。

与謝野馨官房長官は13日午前の会見で、首相の体調に関して「今朝、医師が『疲労がピークに達している』として、検診を受ける必要があると判断した。検査をもとに医師が必要と判断すれば入院する」と発表。首相臨時代理を置く可能性については「話はそこまでいっていない」と述べていた。
首相周辺によると、首相は7月下旬の参院選後に体調が悪化。8月後半のアジア歴訪や今月上旬のオーストラリア訪問に加え、遠藤武彦前農水相の辞任などで心労が重なり、アジア歴訪前から点滴を打って公務に当たる日々が続いていた。
9月13日12時48分配信 産経新聞

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2007年09月12日

「局面転換せねば」=テロとの戦い新総理の下で-安倍首相、会見で辞任表明

「自らがけじめを付けることで、局面を打開しなければならない」。安倍晋三首相は9月12日午後、東京・永田町の首相官邸で緊急の記者会見に臨み、辞任を決意した経緯を説明した。インド洋での海上自衛隊の給油活動継続に「職を賭す」と表明してからわずか3日。局面の「打開」と「転換」を何度も繰り返したが、疲労の色は濃く、目には光るものがあった。
 安倍首相が官邸の会見室に姿を見せたのは午後2時。「本日、総理の職を辞するべきだと決意をした」と切り出した。これまでを振り返り、「戦後レジーム(体制)からの脱却」に取り組んできたことを強調。懸案の給油活動継続については「一身をなげうつ覚悟で全力で努力すべきだと考えてきた」と訴えた。
 「改革を進めていく」。その決意で7月の参院選惨敗後も続投、内閣改造を行ったと説明したが、「今の状況で国民の支持、信頼の上に、力強く政策を前に進めるのは困難」と発言。「自らけじめを付けることで局面を転換しなければ」と述べると、苦渋の表情を浮かべた。
 これまで「テロとの戦い」を強調してきた首相。「新たな総理の下で、戦いを継続していくことを目指すべきではないか」と話したが、目は潤み、言葉に力はなかった。 

9月12日18時1分配信 時事通信

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安倍首相が退陣の意向、与党幹部に伝える

安倍晋三首相は12日、退陣する意向を固め、与党幹部らに伝えた。

同日午後に記者会見して表明する。
夏の参院選で自民党が敗北したことを受け、政権運営が困難になったと判断したものと見られる。

これを受け、政府は国会に対し、代表質問の取りやめを申し入れた。

今後、自民党内で後継首相選びが本格化する。
2006年9月に戦後最年少の52歳で首相に就任した安倍氏は、小泉政権下で冷え込んだ中国、韓国との関係改善を図り、北朝鮮の核開発問題への対応や日本人拉致問題解決にも力を注いだ。

内政では、教育基本法改正や防衛庁の省昇格を成し遂げたほか、小泉政権が進めた改革路線を継承し、道路特定財源の一般財源化などに取り組んだ。
(2007年9月12日14時8分 読売新聞)

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2007年08月01日

赤城農相辞任 事務所費問題などで引責 若林環境相が兼務

赤城徳彦農相(衆院茨城1区)は1日、首相官邸に安倍晋三首相をたずね、政治団体の事務所費をめぐる問題や参院選惨敗に影響した責任を取り辞表を提出、首相もこれを受理した。
事務所費など不自然な支出を指摘され続けながら、潔白を証明する領収書の公表を拒み続けた赤城氏だが、参院選での自民惨敗の要因となり与党からも辞任論が出ており、首相も事実上の更迭を判断したとみられる。
安倍政権下での閣僚の交代は、自殺した松岡利勝前農相も含め、4人目。
赤城氏を擁護して参院選を戦った首相にとって後手に回った形での辞任は打撃であり、大きな失点となった。
8月1日11時49分配信 毎日新聞


赤城氏は首相官邸で記者団に辞任の理由について「(自分のことが)選挙戦に影響を与え、与党の敗北の一因となったことはまぎれもない事実で、大変申し訳なく思う」と語った。塩崎恭久官房長官は1日午前の記者会見で「安倍首相が赤城農相を首相官邸に呼んだということだ」と述べ、首相が事実上、農相を更迭したことを明らかにした。
関係者によると、農相の新たな疑惑が一部で報じられたことを重視したという。

首相は31日、9月に行う内閣改造人事では農相を留任させない意向を明言していた。農相は、やはり「政治とカネ」をめぐる問題で批判を浴びて5月28日に自殺した松岡前農相の後任として、6月1日に就任したばかり。安倍内閣は昨年9月の発足から約10カ月で、閣僚の辞任は3人目、交代は4人目の極めて異例な事態となる。当面、若林正俊環境相が兼務する見通しだ。

赤城氏を巡っては、「赤城徳彦後援会」が、茨城県筑西市の父親の自宅を団体の所在地として届け、05年までの10年間に、事務所費を含め約9045万円に上る経常経費を計上していたことが発覚。また、東京・世田谷の妻の実家に事務所を置く政治団体「徳政会」も、衆院議員に初当選以降17年間、毎年100万円以上の経常経費を計上していた。

後援会の実態について、代表者になっている前茨城県議は当初、「今は(事務所として)使っていない。私が代表として名前を使われていることは一切知らなかった」とし、また父親の毅彦氏も「(ここで政治活動は)やっていない」とそれぞれ事務所に実体がなかったことを毎日新聞の取材に認めていた。

 しかし、その後になって両者は「事務所としての活動が以前ほど活発ではないという趣旨」などと前言を翻し、赤城氏自身も、釈明会見などで「公私混同や経費の付け替え、架空経費は一切ない」と潔白を主張。しかし、それを証明する領収書の公表については「政治資金規正法のルールに基づいて、適正に処理し、公表すべきものは公表している」と語り、法律を盾に拒んできた。

最終更新:8月1日12時29分

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2007年07月11日

7党首討論 年金財源で応酬 消費税率も論議

安倍政権発足後初の本格的な国政選挙となる第21回参院選は12日、公示される。
これに先立って主要7党首による党首討論会(日本記者クラブ主催)が11日、東京・内幸町の日本プレスセンターで開かれた。
安倍晋三首相(自民党総裁)は争点の年金制度改革について、基礎年金を全額税で賄うとした民主党案を「財源などは極めていい加減な制度」と批判。
これに対し同党の小沢一郎代表は「大きな無駄を省くことで財源を確保できる」と反論した。
また参院選で与党が過半数割れした場合、民主、共産、社民の3党は、野党出身の参院議長の選出に共闘する考えを示した。(毎日新聞)

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2007年07月01日

小沢一郎民主党代表との討論会に出席

16時1分、公邸発。同6分、東京・赤坂の「ANAインターコンチネンタルホテル東京」着。
同ホテル内の宴会場「プロミネンス」で小沢一郎民主党代表との討論会に出席。
17時44分、同所発。同48分、公邸着。18時5分、公邸発。
同22分、東京・富ケ谷の私邸着。「党首討論の感想は」に「しっかり議論できて良かったです」。

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2007年04月24日

安倍首相 長崎市長銃殺事件に絡む「週刊朝日」記事に激怒

安倍晋三首相は24日夜「週刊朝日」最新号に掲載された長崎市長銃殺事件の容疑者が所属する暴力団と首相秘書との「関係」に関する記事について「私や私の秘書が、この犯人や暴力団の組織と関係があれば、私はただちに総理大臣も衆院議員もやめる考えだ」と述べた。
首相官邸で記者団に語った。
4月24日23時49分配信 毎日新聞

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2007年01月26日

第166通常国会開会

1月25日に召集された第166通常国会は、26日午前、天皇陛下をお迎えして開会式が行われた。

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2007年01月09日

防衛省発足 「新たな国造りの基礎」記念式典で安倍首相

防衛庁を省に昇格させた防衛省が1月9日、発足した。東京・市ケ谷の同省では同日午前、初代防衛相に就任した久間章生前防衛庁長官が「防衛省」と書かれた正門の仮看板を除幕。記念式典で安倍晋三首相は「(省昇格は)戦後レジーム(体制)から脱却し、新たな国造りを行うための基礎、大きな第一歩となる。わが国の民主主義国家としての成熟、国際社会で平和と安定のために責任ある役割を担っていくという国家・国民の意志を示している」と訓示した。
 続いて久間防衛相は「防衛省の誕生は決してゴールではなく、新たなる政策課題へのスタートだ」と述べ、引き続き北朝鮮情勢への対応や国際貢献、在日米軍再編の実現に取り組む考えを強調した。
 省昇格により、自衛隊を管理するために内閣府の外局として位置付けられていた防衛庁は省として独立し、「政策官庁」に衣替えする。また、これまでは付随的任務とされていた国連平和維持活動(PKO)など自衛隊の国際平和協力活動を本来任務とした。

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2006年12月28日

佐田行革相が辞任-後任に渡辺喜美氏

佐田玄一郎行政改革担当相の辞任を受けて、首相は直ちに後任の人選に着手。
渡辺喜美内閣府副大臣(無派閥)の昇格を内定した。
渡辺氏は衆院栃木3区選出で当選4回。初入閣となる。 

渡辺喜美氏(わたなべ よしみ、1952年3月17日生まれ)
日本の政治家、自由民主党所属の衆議院議員。栃木県出身。
父は、外相、蔵相、通産相、自民党政務調査会長を歴任した渡辺美智雄。

新聞奨学生通信にこんな一面の記事も

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2006年09月26日

衆参両院、安倍晋三氏を首相に指名

衆参両院は2006年9月26日午後の本会議で、自民党の安倍晋三総裁(52)を第90代、57人目の首相に選出した。

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2006年09月20日

自民総裁選 安倍氏選出 麻生、谷垣両氏を大差で破る

自民党総裁選は9月20日、党所属国会議員の投票と地方票の開票の結果、安倍晋三官房長官(51)が麻生太郎外相(66)と谷垣禎一財務相(61)を大差で破り、第21代総裁に選出された。
51歳での総裁就任は戦後最年少で、任期は2009年9月30日までの3年間。

安倍氏は25日に党役員人事を行い、26日召集の臨時国会の冒頭、衆参両院本会議で小泉純一郎首相の後継首相に指名され、同日中に新内閣を発足させる。

得票数は、安倍氏464票、麻生氏136票、谷垣氏102票、無効1票だった。
安倍氏の得票率は66%にのぼったが、陣営が目標としていた500票をかなり下回る結果になった。

麻生、谷垣両氏が100票を超す得票だったことも加え、得票結果は今後の人事や安倍氏の政権運営に微妙な影響を与えそうだ

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